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素朴で本格的なフランス菓子のレシピで注目を集める菓子研究家・藤野貴子さん。両親ともに料理が仕事という環境で生まれ育ち、飲食業界の仕事の厳しさも知る中、菓子研究家として活動するまでのさまざまな経験や、日々大事にしていることを聞いた。
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父はフレンチのシェフ、母は料理研究家。常に「おいしいもの」が身近な生活でした。子どもの頃から家に帰ると母の料理の撮影をしていて、撮影後にそれを食べたり、編集さんやアシスタントさんたちに仕事の合間、少し遊んでもらったり。

小学4年生になると、父のレストランで出すビスコッティ作りを手伝い始めました。お店の経営に家族の協力は必須で、クリスマスケーキの箱の組み立てやリボンがけの手伝いも。高校生になると、アルバイトとしてお店のシフトにも入り始めました。
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レストランは対お客さんという喜びもあるけれど、拘束時間が長く大変なことも多くて、当時、料理の仕事を避けていたところもありました。商業高校に進んで簿記の資格を取り、会計士や経理を目指していたんです。大学も経済大学を選び、Wスクールにも通いました。

ところが就職活動を始めて、一転。個性を消してみんなと同じリクルートスーツを着て、同じ行動をすることにどうしても疑問を感じてしまったんです。そこであらためて仕事について真剣に考えて。70歳まで、もしかすると死ぬまで、ずっと自分ができる仕事。それはやっぱり飲食じゃないかって。自分のレシピを世に広めていく仕事。バイトでずっと作り続けていて好きだった「お菓子」を仕事にしようと、そのとき決めました。
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その後は父のレストランで3年間働き、お菓子のことをもっと知りたいと思いました。私が作りたいお菓子が生まれたのはヨーロッパ。王朝の歴史から始まる本場の菓子文化が根付く現地の生活スタイルを体験しないと一流になれない。働きながらフランス語を学び、計画もあえて立てず貯金を手に単身ワーホリでフランスに渡りました。

ホームステイで語学を学んだ後は、お金が尽きたので日本食レストランのキッチンで働いて。その後運良く現地で知り合った人との縁があり、最初は求人がなく諦めた人気レストランでパティシエールとして半年勤務。迷った末に変化を求め1年で帰国して「菓子研究家」としての活動を始めました。
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帰国時、本当にお金がなかったんです。向こうでは給料の支払いが遅れがちで手持ちが0円、兄にお金を借りてなんとか帰れました。ただ私が在仏中に父のお店は、規模を縮小して「ラボ」という形態にしていたので、働く場所がない、お菓子を作っても売る場所がない。だけど食べていくために働かなくちゃ。今の自分ができることを考えて、ラボを間借りし、お菓子の教室を開くことにしました。父のお店「カストールの」ではなく「藤野貴子の」お菓子教室として。これが菓子研究家としてのスタートです。
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今も貯蓄はなくて、すぐ使っちゃいます。職業柄食べないと研究できないし、気になるものは全部食べてみる。やりくりして年に一回は旅をしているので、1年分貯めたお金はバカンスで全てなくなります。だけどフリーランスにとって「研究開発費」って本当に大事。インプットしないとアウトプットできないので、気になる料理、お菓子、旬の果物……しっかりお金を使っています。
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仕事に悩んだ時には他のお仕事、ヘアメイクやイラストレーター、アーティストの人と話すことを大事にしています。お菓子の世界を突き詰めようと、何度も研究と試作を繰り返していると、どんどん奥へ奥へと進んで自分でも何が正解なのか分からなくなってくる。そんなときは異業種の人に聞いてみるんです。「どこが違うの?」のひと言にはっと気づくことも。悩むのは大切なことだけど、そのこだわりが食べる人にとって意味がないなら、最初のシンプルなレシピに立ち戻ることが多いです。
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お菓子教室で大変なのは、レシピへの反応が直接あり、生徒さんが求めているものを出さないと次に繋がらないこと。失敗しないよう、レシピを完璧にしておかないといけない。私が自信を持っていないと教わりに来ている生徒さんは不安に思ってしまうので、質問に対して自信満々に言い切るように心掛けています。そのためには試作と準備が大切なんです。あとは清潔な環境も。美しいお菓子を作る人は、所作やキッチンもきれいなので。
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両親とも食の仕事をしていて、私は二代目。恵まれた環境だと言われ、親の名前にプレッシャーを感じることもあります。親の面子をつぶせないし、真面目に一生懸命やらないと評価されない。それでも、父親の繊細なレストランのデザートと、母親の素朴な家庭のお菓子が作れるのは、私のルーツ。
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フランスから帰ってすぐは、作るのが難しい伝統的なお菓子ばかりを教えていました。だけど、お教室で一度作るだけのお菓子ではなく、何度も家で作ってもらいたい。近所のスーパーでも材料が手に入り、気軽に何度でも作って友達にあげたり、家族においしいって思ってもらえたりするお菓子を紹介したいと強く思うようになりました。

今のお菓子のレシピって細かいことをいっぱい書いてあるものが多いと思うんです。でも私はそれで作る回数が減るなら、もっとやらなくていいことを省いたレシピを紹介したい。自分自身も食べてホッとできる味。それはごまかしの利かない、素材を大切にしたお菓子だと思っています。
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自分らしく精いっぱい仕事をして、確実なレシピを出し、誠実な仕事をしていきたい。この金髪で仕事がなくなることもあるんです。でも、私は覚悟を決めてやっています。もちろん菓子研究家として、なれるなら有名になりたいけど、媚びていたら成長できない。

よく指摘されがちな髪の色やタトゥー、ピアスはパーソナルなことですよね。フランスでは当たり前だったこと。自分が活躍することで今後の世代の人たちが、もっと個性を出して、楽しみながら仕事をできる環境を作って行ければと思っています。
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あと、お菓子教室は将来どんなに忙しくなっても続けていたいです。生徒さんと直接交流できるお教室を止めてしまったら、どんどん天狗になり、独りよがりなレシピになってしまいそう。

70歳のときは何をしてるんだろう?東京に素敵なアトリエを持って、そのとき髪はグレイシルバーかな(笑)。私は今30歳、急いでいないんです。今はたくさんインプットして、長く愛されるレシピを作っていきたいです。
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藤野 貴子

TAKAKO FUJINO
1988年東京都生まれ・在住。菓子研究家。大学卒業後、父親がオーナーシェフを務めるフレンチレストラン「カストール」に入社。2014年渡仏し「Restaurantラペルーズ」にてパティシエールとしてデザートを担当。2015年に帰国し「藤野貴子のお菓子教室」、「簡単まじめおかし教室」を主宰。また雑誌等にレシピを提供している。2019年5月に、初のレシピ本「レモンで作るおいしいデザート」が出版。下のAmazonリンクから購入できます。
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テキスト:竹本紗梨  フォト:雨森希紀(Maran.Don)
デザイン:前田佳保里 編集:丸山央里絵